ESPionage by Charlie Frye

 普段ESPカードを使ったマジックってほとんどやらなくて、ルーク・ジャーメイの『ゼナー』くらいしかやっていなかったんですが、なんとなくもったいないなと思って買ってみました。

 結論から言えば簡単かつ非常に実用性の高い素晴らしいトリックで、鉄板ネタに近いような性質のものです。よく考えつくもんだなあと思います。ただMagic Cafeにも書いてあるように、これと全く同様のメソッドが過去に発表されています。僕もそのDVDを持ってますが、若干の演出上のアドバイスはあるものの、ほぼ違いはありません。ですので「あれ?どこかで見たことあるような?」と思っている方は、わざわざ買う必要はないかもしれません。逆に全然知らないのであれば、買ってまず損はありません。即戦力になる優れたトリックです。パーラーサイズのESPカード(これパーラーでやるの?って感じはありますが)も使い勝手がよく、元は取れるでしょう。

 実をいうと僕は"あの部分"があんまり好きじゃないんですが(メンタルマジックというよりカードマジック的な解決であること)、それを除いても実用性が高いのでペット・トリックにしています。

NightCrawler by CF Yuen

 もうずっと前に買ったトリック。DVDの中で流れている曲がとにかく格好よくて気になっていたのだが、最近になって「Shazam使えばいいのでは?」という結論に思い至り調べてみた次第。

 どちらもDeaf Kevというアーティストの楽曲らしい。アーティストのバイオグラフィまでは調べてないが、どっちもすごくカッコイイ。

 せっかくなのでトリックについても書いておくと、トレイラーで見られる単発の演技(指から指に移動、薬指から抜ける)だけなら簡単。ルーティンをそのまま真似ようとするとちょっと難易度が上がる。

 サーキットと同じくらいビジュアルな現象だけど、あれに比べると楽勝です。

ブライアン・イングリス『トランス 心の神秘を探る』

 ブライアン・イングリスの『トランス 心の神秘を探る』という本を読んでいたら、こんな記述があった。

 ベルトはまた、自分が人を転倒させる場面をジボットーに見せている。道路を歩いている人の後を、その人の歩き方を真似ながらついて行き、ベルトの表現では、その人を"襲う"のだという。これをジボットーは、相手に知られることなく、その人物に催眠をかけるベルトなりの説明だとしている。「それから、相手の二、三歩前に、通せんぼするように道路に紐が渡されている場面をイメージしてください。その架空の紐に相手が触れた瞬間、自分がわざとよろけるんです。そうすると相手は、お気の毒ですが、どうしても倒れてしまうわけです」。

 

ブライアン・イングリス『トランス 心の神秘を探る』

  いつだったか忘れたけどテレビの『人間観察バラエティ モニタリング』で「前を歩く人が透明な壁にぶつかったら」という企画をやっていたのを思い出した。仕掛人数名が一般人の前を歩き、突然見えない壁にぶつかって立ち止まる、というドッキリだ。あれを思い出した。結構おもしろおかしく編集されていたけれど、いま思えばあれは紛れもなく一種の催眠現象だった。

 たいていの人はそのまま様子を探って歩き出すのだが、仕掛人が見えない壁を迂回すると、そのまま同じように後を尾いて行ってわざわざ迂回したり、人によってはUターンをするという結果もあった。つまり結果的に彼らは、そこに壁があるかのように"振る舞った"("認識した"ではない)ということだ。また、壁にぶつかった瞬間を目視していなかった方は、立ち止まることさえしなかった。これらは催眠というものについて、様々なことを示唆しているように思える。

 全体的にやや硬質な文章で読みづらい。トランスというものの歴史や、その周辺の話が延々と続く。実用的な内容はほとんどないので、特にオススメはしないが、読み物としてはとても興味深い本ではある。

十文字幻斎『閃光の催眠術入門』

 先日もBirdie氏の『世の中で悪用されている心理テクニック』が出たばかりで、今度はいまや時の人となった十文字幻斎氏の『閃光の催眠術入門』が出版されました。

 はて、もしかして知らないところで催眠術ブームでも来てるんでしょうか。催眠術のことばかり考えているのでバイアス掛かっているだけなんでしょうか。いや、きっとそうなんでしょうね。

 こうやって"催眠術"という幻想のヴェールを剥ぎ、間口を広げていこうとしている方々には頭が下がりますね。

 内容はマグネットフィンガー、拳のカタレプシー、階段深化法、笑い催眠、味覚操作、など全10種類。なんと動画付での解説です。ショーの映像まで付いてます。幻斎氏のショーはとても面白いですし、参考になる部分がたくさんあります。

 以前であれば深化法や感覚支配・感情支配の掛け方を知ろうと思って催眠術のDVDを買うと普通に倍以上の値段がしていたわけですが、この本恐るべきことに1,400円ですよ。昼飯を我慢したら買えます。少し前では考えられないような価格です。

 まあ僕は完璧に我流なので、催眠術業界について全く知らないのですが「これ(古典催眠)くらいならバラしても大丈夫でしょう」というような業界的なコンセンサスが出来上がってきたんでしょうか。それともひとえに幻斎氏やBirdie氏の良心によるものなんでしょうか……。わかりませんが、とにかくこの本も驚きの低価格です。

 『世の中で悪用されている心理テクニック』で「30秒カタレプシー」と「好き好き催眠」を学び、この本で「階段深化法」と「笑い催眠」「味覚変換」を学び……とやっていれば、マジシャンのパフォーマンスで使う催眠術としてはさしあたり十分なレベルに達します。逆に、これらの方法を既に知っているマニアには特に新しく得るものはないかもしれませんが。

 とはいえ、幻斎氏個人の生い立ちについてや、テレビで芸能人に催眠術を掛けたときのウラ話的なエピソードなど、読み物としても面白い内容で非常にオススメです。エンターテインメントで食べていくことの難しさや、催眠術というものが幻斎氏自身をどのように変えたのか。僕自身は大ファンなので、本人の人柄のよさが伝わってくる内容で非常に感動的でした。

 幻斎氏は催眠術のレクチャーDVDも出しています。そちらでも幻斎氏は多彩なカタレプシーから幻覚域まで、ひと通りの解説をしています。催眠術レクチャーとしては破格の安さですので、興味があれば探してみるとよいかと思います。

Cataclysm by Brian Caswell

 ホッピング用の即戦力的なトリックが欲しくてなんとなく買ってみた。ずいぶん前のトリックだし外れはしないだろうと思って。

 個人的にはイマイチだなと思った。「んーこれもしかして?」と思っていたトリックそのままだったし。現象としてはかなり不思議だから、実際に演じてみればそれなりに反応がよさそうなのは予想ができるんだけど、いかんせん荷物が多すぎる(これが最高にネック)し、覚えることが多くてしんどい。ホッピングにも向いていると書いてあったけど、率直に言ってこれをホッピングでやるのは色々とかったるい。これなら別のギミックデック使う。

 いろんなとこのレビューに目通した限りでは好意的な反応だったから期待したんだけどなあ。すごく不思議だけど制約とかいろいろ含めるとイマイチ。

 Instagramとか使ってやれば荷物も減るかなあ。でもiPhone絡めると一気にフェア感なくなって嫌なんだよなあ。そこまでして演じる気もあんまりないや。

映画『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』

 ひとりで観ていてボロボロ泣いてしまった。涙なしには観られない映画だった。正直、退屈な場面も多かったが、そうした欠点がどうでもよくなるくらい、これはとてもよくできた映画だと思う。

 冒頭で野原ひろしがマッサージ店で目覚め、帰宅する。このシーンは非常に巧妙だ。実際には『野原ひろし』から『ロボとーちゃん』に視点がすり替わっているのだが、その時点での観客は「野原ひろし」が改造人間にされてしまった、とミスリードされる。主観視点で帰宅するとき、人格や記憶など全てが『野原ひろし』そのものであり、同一性および連続性があるということが示唆されているからだ。

 これがラストシーンで生きてくる。

 再びラストシーンで『ロボとーちゃん』の主観視点に切り替わる。このシーンの切なさは圧倒的だ。もう思い出すだけで泣きそうなくらいだ。あくまで『ロボとーちゃん』は『野原ひろし』の複製に過ぎないことがわかっている。プログラムを書き換えられればすぐに暴力性を発露できてしまう危うい存在だということもわかっている。

 しかし、あの時点で実際に『ロボとーちゃん』の体験しているリアリティは過去の『野原ひろし』の人生と地続きなのだ。『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』の回想で描かれた、父の自転車の後ろに乗り、みさえと恋に落ち、しんのすけやひまわりの父として、家族を支えるために必死で働く、そのリアリティそのものなのだ。そのことが、冒頭の主観視点と繋がって感覚的に理解できるようになっている。

 そして『ロボとーちゃん』は、自分からすれば偽物でしかない『野原ひろし』と腕相撲をする。自分は『野原ひろし』でありながら、みさえの「あなた、勝って!」というその言葉が、自分に向けられたものではない、ということに気がついてしまう。そうして自分の家族を、もうひとりの『野原ひろし』に託すのだ。あのシーンで描かれているのは紛れもなく『野原ひろし』の"死"であり、その家族との離別に他ならない。

 「すまんな、しんのすけ……俺は、お前のとーちゃんじゃなかったみたいだ……」

 ひたすら痛切だ。こんなに悲しい映画は見たことがない。

 ただ、小さな頃からなにげなく『クレヨンしんちゃん』という作品を観続けてきた世代だからわかる作品なのかもしれないな、とも思う。熱中して観ていたとかそういうわけではないが、テレビで気がつくと流れていたアニメだからこそ、バックボーンが理解できたり、さまざまなことを頭の中で補完できるのかもしれない。これを『クレヨンしんちゃん』の中身を知らない方が観ても退屈なシーンが多いので、少し辛い気はする。

Birdie『世の中で悪用されている心理テクニック』②

 Birdie氏の著書を読んで考えたことを書いてみる。

 ダレン・ブラウンが冒頭で語っている通り、自分の催眠術が本当に掛かっているのかどうかということは基本的にわからない。それはBiridie氏も著書のなかで語っている通りだ。それは感情・感覚支配より深いトランス(記憶支配・味覚支配・幻覚支配など)になるとより顕著になる。それは催眠現象を本人しか体感できないということに由来している。トランス状態を把握するさまざまな生理学的指標はあるが、本当に観客に催眠現象が起こっている、ということは保証されない。なぜならそれはクオリアであり、「本当に面白くなっているのか」「本当に忘れているのか」「本当に味が変わっているのか」("本当に"の定義はとりあえず措くとして)という主観的体験の成否を問うことは困難を極める。喩えるならそれは同じ赤を見て「あなたは私と同じ赤を見ているのか」と問うことと同義だからだ。

 ありていに言えば即席のサクラになっている(なってくれている)可能性が常にあるということだ。催眠術というのはそうした曖昧さの上に成り立っているものであって、どれほど優秀な催眠術師であろうと、観客に現象が起こっているのかどうかは定かでなく、基本的には手探りで催眠術という一連の手続きを行っている。

 ただ即席のサクラという考え方はそれほど悪くはない。パフォーマンス本意で考えれば結局のところ「あなたはこのペットボトルが面白くなります」と言いながら催眠術師が指を鳴らし、ペットボトルを凝視しながら観客がそれに釣られて笑ってさえくれれば、催眠現象として、あるいはその場に於いてはショーとして成立するからだ。つまり現象を起こした者勝ち、ということになる。観客が笑ったフリをしてくれていようが、催眠術的な手続きによって笑ってくれていようが、それはどちらでもいいことだし、こっちからすれば結局どちらなのか判断できない。メンタルマジック等ではより不可能性を高めるためにその場でサクラを作るという例はしばしばある。

 催眠術とはそもそも行動の外在化を強調する言語的表現により、現象の非自発感を高めたものでしかない、とする言説がある。『現代催眠原論』を読むとその下りは出てくるはずだ。ことカタレプシーや被暗示性テストなどに関しては、この言説には合理性があると思っている。最もポピュラーな"指の接近"が催眠術ではなく、観念運動によるものであるというのは有名な話だ。指が閉じていく観念運動(類催眠現象)を、非自発感を高める言葉遣い(どんどん指がくっついていきます……)によって催眠術に掛かっていると錯覚させることで、トランスを深めていくというプロセスはこれそのものである。また、凝視法によって導入を行う際に目の疲労を利用しながら非自発性の高い話法を使うのも同様である。カタレプシー等も筋肉の疲労などを利用することが多く、この言説にはかなりの説得力がある。

 また、感情支配域よりも後になっても、これはかなり実感に即している。詳しくは述べないにしても、観客の感情をテクニックで"釣り"、それをさも非自発的な言葉遣いによって外発的に起こっているかのように錯覚させるプロセスを辿るからだ。ここからは観客の自己催眠という要素が入ってくるが、威光暗示(これがほとんどでは?)、非自発的な言葉遣い、催眠術の細かなテクニックによって自己催眠に誘導しているのだと考えれば、この説は充分に説得力を持つ。これは記憶支配だろうが感覚支配だろうが同じことだろう。

 また、催眠術的な手続きの仰々しさや、催眠術師の威光の形成によって「空気を読めよ」と言外に伝えてしまっているケースは充分に考えられる。たとえばもっとも深いトランス状態が必要と言われる幻覚を見せているとき、相手は空気を読んで「見える」と言ってくれているのかもしれない。また、本人の自己暗示により本当に見えているかもしれない。よく幻覚を見て泣いている映像があるが、単純に幻覚を見ているというよりはより強い感情を喚起され、思い出して泣いているだけの可能性もある(そしてそれを上手く利用したのがBirdie氏の"イージーファントム"ではないか)。そして、どの場合も催眠術師から区別はつかない。ただ、パフォーマンスとしてはどれも成功しているので、どれでも構わない。

 Birdie氏の「この世の全てが催眠術であるし、この世に催眠術など存在しないとも言える」という言説は正しいと僕は思っている。